さいたまの改修00 -自宅改修


改修時に感じたこと (2005年の文章を再構成しました)

 我が家では2004年に内装リフォームに踏み切りました。

 

 最大の理由は「イライラする家」からの脱却にあります。

 

 日当たりが悪い…物が片付かない…設備が古い…寒い…などなど日中家にいる人なら気のつく点もさることながら、広さの割りに狭苦しい…家にいてほっとできない…という、建築を仕事とする人間としては無視できない問題が横たわっていたのです。

 

 引っ越しは考えませんでした。「自分ならこう改装する」といつも思いながら暮らしていましたし、小さな家がもともと好きなのかもしれません。

 

 図面を描いているときには、動線を整理して、収納もああして、設備はこうして…といったことももちろんなのですが、もっと違うことも考えていました。

 

 玄関から廊下はもともと暗いから、あえて明るくせずに居間に入ったとき光をパァーッと感じるようにしよう。

 

 全体に淀むところがないように…「気」のようなものが流れるようにしよう。

 

 居間の伸びやかさ・あたたかさ、洗面所の清潔感、家族の書斎は仕事部屋っぽくとメリハリをつけよう。

 

 家族がお互いの気配を感じながら一緒に過ごすことを大事にしよう。

 

 住みながら感じていた思いのようなもの…漠然としているようですが、これらは設計の根っこのようなものかもしれません。

 

 それらが上手く実現したかどうかは、今後暮らしていく中で評価が変わる事もあるかもしれません。特に子供たちが大きくなってからの家の中での距離のとり方、プライバシーの問題をどう解決していくかは暮らしながら悩んだり、工夫したりすることになるでしょう。


改修後写真

改修前写真


改修後18年が経って

 自宅の改修をして気づいたことは、

 

 「子育てにおいては、モノが爆発的に増える

 「家族自身を知らない改修は上手くいかない

 

 今回、改めて改修前の写真を見まして、「あの頃よりずいぶん暮らしやすくなったんだな」と自画自賛した部分もあったのです。

 

 気のようなものが上手く流れるように

 家族がお互いの気配を感じながら暮らせるように

 

 しかし、自分の想いはある程度満たせても、それだけでは上手くいかないものだなと実感しています。

 

 私には一人になれる、静かな空間が必要だったし、

 分類が苦手な家族については、片付けを気にしなくて良い空間が必要だった。

 

 そこに思いが至らなかったために、暮らしにくさが根のように残りました。

 

 開放的な空間を維持するために必死に片付けていたのですが、私にも家族にもストレスがたまる結果となってしまいました。

 身体の無理がきかなくなってからは、家族の出したものを片付けることはやめましたので、部屋は片付いていません。18年経って、モノも劇的に増えています。

 

 四人だった家族は、2021年春から三人に、2023年春からは二人になります。

 

 少しずつモノの整理をしながら、設計の検証は続きます。